執筆順・( )内は推定執筆時期
深い森の中に人々が円陣を作っている。
焚火を囲む彼等は、消極的な世俗への反抗でつながれていた。
彼もその輪の中にいたのだが、「名誉や出世を求めないことが、清いと言えるだろうか。現実が最も正しい。」と言って、その輪から出て行った。
何年かして人々は同じ森で、やはり円陣を作っていた。
彼が戻ってきた。
「俺は帰って来た。俺は世間に敗れたんだ。」
彼はうなだれていた。
「俺はまじめに勤めた。大失敗はなかったが、大成功もしなかった。
上役は俺を虐待はしなかったが、優遇もしなかった。
同僚はどんどん栄進したが、俺は必要ないものになった。
俺は行くところがなくなって、ここに来たんだ。」
「そうだろ、これで君も、俗世間では清い者は認められないとわかったはずだ。」
「俺はそうは思えない。才能のある者が勝ち、ない者が敗れるのだ。やはり現実は正しい。」
「君の言う才能とは、世俗に迎合する力だ。」
「いいや、俺はそうは思わない。ただ俺は敗れたのだ。」
「それじゃ、君は一体何をしに来たんだ。」
「俺は一人になろう。」
そう言い切って、再び彼は悄然と円陣から離れて行った。