執筆順・( )内は推定執筆時期
七月の重苦しく曇った日に、四条のほとりを歩きながら、俄かに人を騒がせたくなった男が、「鬼に化けたのをつかまえて、連れて行くのに会ったぞ」と無責任なデマを話した。すると次々に噂は広まり、都中が大騒ぎになった。連日、あちこちで鬼を見たという者が出て、大人数で集まり騒ぎ立てるようになった。「髪は逆立ち、目は燃え上がり、口からは火を吹いていた」等と、男の気軽な嘘が伝播し、より大規模な新たな嘘が生み出されていった。
暑さが次第にひどくなり、黒山の人の群があちこちで行き来し、喧嘩が起こり、殺し合いまで発生するようになった。男は恐れおののいて、家に籠り、身の縮む思いでいた。
やがて年貢米の訴えで人々が騒ぐようになり、鬼の騒ぎもその前兆だったことがわかる。男は生き返った心地がしたが、もうこりごりしていた。
〈鑑賞〉
作品の末尾に『徒然草』にヒントを得たことを記しているので、舞台は鎌倉時代と思われる。
日記体で綴られ、現代にも通じる社会現象が描かれている。
一見すると悪と思われる現象が、実は社会変革を生み出す民衆の力の表れであったというオチがついているところは、文彦らしい。
後に文彦が追求することになる〈悪〉の問題についての考察に通じる作品である。