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第一章 杉村一家
俊輔は夏を山の別荘で、杉村という友人と一緒に過ごした。杉村は活動的で人なつっこく、近隣の子供達から人気があった。しかし詩を理解せず、打算的な側面もあった。杉村は俊輔の妹・峯子に片思いをし、手紙で思いを伝えたが、峯子は乗り気ではなく、俊輔にその手紙を見せて困っていた。俊輔は杉村に手紙を読んだことを伝え、杉村はショックで力が抜けたようになった。
ある日、俊輔と妹は、杉村一家と共にハイキングで山に出かけた。道中、杉村は挑戦的な態度をとり続けていた。頂上では、橋上からかわらけ投げをした。いくつか投げているうちに、同時に投げた二つの白いかわらけが相寄り、触れ合って砕けた。俊輔と杉村は思わず顔を見合わせたが、俊輔は救い難い隔たりを感じ、言葉を発することができなかった。
第二章 悠紀子
幼馴染の悠紀子はしばらく遠くに住んでいたが、父親を亡くし、再び俊輔の家の近所に戻って暮らすようになった。悠紀子とその兄、信雄はどちらも芸術を愛し、音楽を演奏したり絵を描いたりしていて、俊輔とも芸術や映画の話で楽しい時間を過ごしていた。
しかしある夕べ、悠紀子の家に青年画家や女流作家志望の女性等が集まっているところに俊輔も参加した。彼等はそれぞれ生活の問題を抱え、悲観的になっており、現実逃避の姿勢でいることがわかった。俊輔は彼等に馴染むことができず、空しい気持ちで帰宅した。
後に悠紀子から手紙が来た。一家で海辺に避暑に来ているが、俊輔も来ないかという誘いの手紙だった。その手紙には、海辺で会った知人や、音楽会で見た人々の様子について触れ、芸術を理解しない人達を軽蔑する気持ちも書かれていた。これを読んだ俊輔は、悠紀子から気持ちが離れていることを感じた。
悠紀子への返事を書いた俊輔は、その中で、「文学とか芸術とかだけのせまい社会に入り込んでしまうと、大きな夢を忘れてしまいます。本当の美しさは何でもないそのままの人生の中にあると思うのです。」と綴った。「人生の醜さを憎む前に、人生の美しさを見つけたい」と書き、俊輔は海へは行かず、山へ行くことに決める。
〈鑑賞〉
文彦の作品の中で、最も長いものです。
志賀直哉から、文体がダメだと批判されました。
時間をかけて丁寧に書かれた小説です。未熟で、面白味に欠ける作品ではありますが、文彦の特徴のいくつかが表れています。
海へ行くか山へ行くか、杉村と過ごすか悠紀子と過ごすか、こういう二項対立で選択を迫られるという状況を描くことを、文彦は得意としていました。
芸術にのめり込み過ぎて視野が狭くなり、周囲の人々を責めたり軽蔑したりすることを拒絶する、という結末だと思われます。
悠紀子がなかなか魅力的に書かれているので、この結末に納得できない気持ちを抱きがちです。
この悠紀子の名前にちなんで、三島は自分のペンネーム「ゆきお」をつけました。
音を効果的に使った表現技巧が見られます。