執筆順・( )内は推定執筆時期
三部構成
《章子》
翠、章子、欣一、恒雄は集まって、トランプをしていた。しかし欣一は、翠がそれとなく章子に意地悪をしていることを感じ取る。
別の夜、欣一と恒雄と章子が落ち合い、恒雄が翠を呼びに行った。章子は欣一に、自分と翠とがうまくいっていないことを告げる。
恒雄と欣一だけが翠の家に行くことになり、一人で残る章子の姿が欣一に焼きつく。
《月の夜》
翠とその兄弟、欣一、恒雄で夜の鬼押し出しに行った。溶岩に挟まれた道で、月に照らされ、それ自体が何か生き物のような錯覚を覚えた。翠に翻弄され、欣一は戸惑うばかりだった。
《牧場にて》
別の日に放牧場で牛や馬を眺めていたところ、翠が急に「浅間が爆発を始めた」と呼びかけた。みんなで避難所を目指し、走り出した。章子が転びそうになると、自然と翠が手を差し出し、無我夢中で二人は手をつなぎ、走った。馬小舎に逃げ込んだみんなは灰まみれになっており、互いに笑いあった。みんなの間には、苦労を共にしたという親しみだけがあり、さっきまでの不和の感情はどこかへ置き忘れたかのようだった。人間関係のもつれは、自然と人間との不思議なつながりの中で消えていった。四人は、今までにない近しさで朗らかに笑った。
〈鑑賞〉
2人の少女の間の緊迫した人間関係を描く場面に、すぐれたものが感じられる。
楽観的な結末には拍子抜けする感じもするが、これが、文彦が小説で表現しようと目指した主題である。「浅間」という小説はまだ未熟であることは文彦も承知していて、この先、同じ主題をどのように表現するか、挑戦し続けていったと理解することができる。
このような問題を追求し、表現しようとすることの背景には、文彦の抱く思想的なものがあり、それは東洋的世界観である。文彦の出自を辿ると、神道と易経があると思われる。また、文彦の発言を見ると、老子・荘子であり、仏教、ニーチェの思想も結びついていることがわかる。
作品としては未熟であるが、その分、むしろわかりやすいので、文彦を理解する窓口としては得るものの多い作品である。